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鹿児島地方裁判所 昭和48年(わ)388号 判決 1974年5月30日

主文

被告人Yを懲役二年六月に、被告人Aを懲役三年に、被告人Oを懲役二年にそれぞれ処する。

被告人三名に対し、未決勾留日数中各九〇日を、それぞれの刑に算入する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日から各三年間、それぞれの刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人Z、同C、同Sに支給した分は、その三分の一ずつを各被告人の負担とし、証人Wに支給した分は被告人Yの負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人三名はいずれもTストアー株式会社川内店に勤務する者であり、昭和四八年一一月三〇日午後八時頃から、鹿児島県日置郡東市来町湯田三、七六三番地三洋ホテル一階大広間において催されたTストアーの川内・串木野・宮之城各店従業員およびTストアーの取引先である有限会社N商店従業員の合同忘年会に参加したものであるが、

第一、被告人Yは、同日午後一〇時頃右忘年会の席上酒に酔って意識不明に陥ったTストアー○○○店勤務のI子(当時一七歳)を同僚らとともに右大広間から隣室の牡丹の間に運び込むや、その直後、同所において、右のように意識不明に陥っている同女の抗拒不能に乗じて猥せつの行為をしようと決意し、同女のスカートを脱がし、パンティ・パンティストッキングを引き下げるなどしたうえ、同女の陰部に手指を押し込んでこれを弄び、もって猥せつの行為をし、

第二、被告人Aは、その直後、同所において、前同様意識不明に陥って寝込んでいる同女を認めるや、にわかに劣情を催し、同女の抗拒不能に乗じて姦淫しようと決意し、同女のパンティを脱がし、同女の上に馬乗りとなって姦淫し、

第三、被告人Oは、同日午後一〇時四〇分頃、同所において、前同様意識不明に陥り下半身を裸にされて寝込んでいる同女を認めるや、にわかに劣情を催し、同女の抗拒不能に乗じて姦淫しようと決意し、同女の上に馬乗りとなり、その陰部付近を撫で廻し、さらに陰部に手指を押し込んでこれを弄ぶなどして姦淫しようとしたが、たまたま来室した同僚らに発見されたため、その目的を遂げるに至らなかった

ものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(被告人Yに対する強制猥せつ致傷罪の成否についての判断)

検察官は、「被告人Yは、判示第一の所為によりI子に対し加療約一〇日間を要する処女膜裂傷等の傷害を負わせたものである」との訴因を挙げ、本件における被告人Yの所為は強制猥せつ致傷罪に該当する旨主張している。

よって、判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、I子が被告人三名の判示各所為のいずれかにより検察官主張のごとき傷害を負わされたとの事実を認めることができるものの、同女の右負傷が被告人三名の判示各所為のうちのいずれによって生ぜしめられたのかの点については、本件において取調べた各証拠をもってしてもいまだこれを知ることができない状況にあるのである。しかるに、被告人Yが被告人A、同Oの判示第二、第三の各所為につき同人らとの共謀をなしたとの事実も認められず(判示各所為はいずれも各被告人の単独犯として処断さるべきもの)、かつまた、刑法一八一条の強制猥せつ等致傷の罪については同法二〇七条の適用がないと解されるので、結局のところ、被告人Yに対しては、検察官主張の強制猥せつ致傷の訴因のうち「致傷」の点についてまでの認定はなしえず、判示第一に摘示のとおり強制猥せつの範囲内において有罪の認定をなしうるにとどまるものである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人三名の判示各所為が親告罪であるのに告訴が欠けているので、被告人三名に対し公訴棄却の判決を求める旨主張している。

なるほど、刑事訴訟法二四一条によると、「告訴は書面または口頭で検察官または司法警察員に対してこれをなし、口頭による告訴を受けたときは、検察官または司法警察員において調書を作らなければならない」とされているところ、本件においては、被害者から検察官または司法警察員に対して告訴状などの書面の提出がなされたとの事実もなく、また被害者の検察官または司法警察員に対するいわゆる告訴調書(「告訴調書」との表題を付した調書)の作成もなされていないことが明らかである。

しかしながら、刑事訴訟法二四一条は、告訴の存在を書面ないしは調書によって明確にしておくことを要求する趣旨であると解されるから、その法意に鑑みるときは、同条が口頭による告訴の際に検察官または司法警察員に対しその作成を要求している調書としては、被害者の告訴内容(特定の犯罪事実の申告とその犯人の処罰を求める意思表示)を明確に録取した調書でありさえすればよく、その形式については、必ずしも「告訴調書」との表題を付したいわゆる「告訴調書」であるの必要はないものと解される。

これを本件についてみるに、被害者I子の司法警察員に対する供述調書(昭和四八年一二月五日付)には「……去る一一月三〇日三洋ホテルへ忘年会に行った時、Tストアーの男子従業員の人達にいたずらをされましたので、そのことについて只今から話します。……このような訳で、三洋ホテルからどのようにして帰ったのか全然覚えておらず、翌朝目がさめてみますとNさんの家でしたので、びっくりした訳です。……翌朝六時半頃に目がさめたとき、陰部が痛くて何かへんだということを感じたのです。……七時半になって起きて行き、Nさんのおばちゃんに事情を聞いてみたところ……『私が宴会場でねむってしまったところ、Hさんが“寝かせるから”といって私を隣の室につれて行かれたそうです。その後私が素裸にされ、畳が血でものすごくよごれて倒れているのを女中さんか誰かが発見され……とか、私が酔いがさめないと言って、AさんとYさんの二人が素裸の私に水をぶっかけた』等と教えてくださいました。……Nのおばちゃんの話しでは、私の足や畳なども血のかたまりですさまじかったそうです。……それで……一二月二日の午後川内市の川原産婦人科に行って診察を受けました。先生の話しでは、『ものすごい無理なことをしたものだ……治すのに二週間位はかかるでしょう』と言われました。……私が全然覚えていないときの出来事で……誰が私にこのようなことをしたのか、私にはわからないのですが……Nのおばちゃんや子供さん達の見た人相・髪型など又話などからして、私にこのようなことをしたのは、S・K・A・Yさんの四人ではないかと思っています。……Nのおじさんが室に行ったとき、Oさんもいたということでしたので、Oさんについてもよく調べてみて下さい。……私は楽しい忘年会のつもりで行ったのに、このようなことになり残念でなりません。……このようなことをする人は警察の方でよく調べて厳重に処罰して下さい。」との供述記載があり、第四回公判調書中の証人I子の供述部分、証人Sの当公判廷における供述をもあわせ考えるとき、右供述は、必ずしも本件各被害の状況を具体的かつ詳細に述べたものではないが、不特定の犯罪事実についてその被害の状況と被害感情を述べたにとどまるものではなく、同女が当夜意識不明に陥って寝込んでいた間に敢行された被告人三名の判示各所為という特定の犯罪事実についてその被害申告と犯人の処罰を求める意思表示をなしたものとして十分であり、これを録取した右調書は刑事訴訟法二四一条二項にいう「調書」であるということができ、被告人三名の判示各所為についてはいずれも適法な告訴が存在しているものと認めなければならない。

この点に関する弁護人の主張は採用しえない。

(法令の適用)

被告人Yの判示第一の所為は刑法一七八条前段(一七六条前段)、被告人Aの判示第二の所為は同法一七八条後段(一七七条前段)、被告人Oの判示第三の所為は同法一七九条、一七八条後段(一七七条前段)にそれぞれ該当するので、各所定刑期の範囲内で処断すべきところ、本件は、職場仲間の忘年会ということでつい気を許し飲酒酩酊して意識不明に陥り抗拒不能にあった未婚女性に対し、被告人らにおいてこれを保護してやるどころか、かえってその人格を蔑視する態度に出たものであり、これにより被害者に終生拭うことのできない汚点を与えたその責任は重大であるといわなければならないが、一方、本件各犯行はいずれも酔余の偶発的犯行と認められ、また、被告人Oの犯行は強姦自体は未遂に止っていること、すでに被告人三名から被害者I子に対し各金四〇万円の慰藉料が支払われ、現在においては被害者側の被害感情も一応おさまっていると認められること、被告人三名はいずれも本件犯行時Tストアー川内店の店員として真面目に勤務していたが、その後本件犯行のゆえに同店を懲戒解雇されるなどすでに相応の社会的制裁を受けていること、かつまた本件の相当期間にわたる未決勾留や捜査・公判の各段階における種々の取調べなどを通じ、その非を悟り、今後の行動を慎しんで更生の道を歩むとの決意も固まっていると認められること、被告人らはいずれも前途ある青年であり、これまで本件以外には何らの前科前歴も有しないこと等諸般の事情を考慮し、被告人Yを懲役二年六月に、被告人Aを懲役三年に、被告人Oを懲役二年にそれぞれ処し、被告人三名に対し、同法二一条を適用して、未決勾留日数のうち各九〇日をそれぞれの右刑に算入し、なお、情状により被告人三名に対し、同法二五条一項を適用し、本裁判確定の日からいずれも三年間、右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、証人Z、同C、同Sに支給した分はその三分の一ずつを各被告人に負担させ、証人Wに支給した分は被告人Yに負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森山淳哉 裁判官 栗原宏武 坂主勉)

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